あおい本棚

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『息吹』 テッド・チャン 大森望(訳)

2021/03/22

息吹

息吹

息吹
テッド・チャン 大森望(訳)
分類: 933

ジャンルはたぶんSF。友達と本屋に行った時おすすめされて知りました。
短編集で、全部で9作品が収録されています。

個人的に面白かったのは真ん中あたりの「偽りのない事実、偽りのない気持ち」。
人間の認識の仕方について考えさせられました。

 この世界の中ではライフログとして人間がカメラとなり全ての瞬間を記録することができる。そこに映っているのは絶対的な事実で、人間の記憶、特にエピソード記憶についてはこのライフログが取って代わることになる。
 この話の中では二つの物語が交互に登場して進みます。実を言うと最後の方までどういう繋がりなのか全くわかりませんでした。
一方では人体に搭載された網膜プロジェクタとその記録を整理するテクノロジーが人間の記憶を根本から変えようとしている。もう一方では文字にして「記す」というテクノロジーが同じように記憶や認識を変えようとしている。
たぶんどちらも認識や記憶の変遷を描いたものなのかな、と思いました。どちらの話の中でも、人間の脳の記憶がどれほど曖昧なものなのか、その曖昧さにどう助けられているのかを感じさせられました。

 言語化すること、映像化することは機械の力を借りていようがいなかろうが「技術」であって、それまでの認識を大きく変える出来事なんだなあと思います。
言語ってそれだけでかなりな能力ですよね。新しい言語を覚えると考え方も変わってくるって言うし。
なんてことを前に映画を見た時考えたなあとか思ってたら、実はこの作者の人はその映画の原作を書いた人でした。著者紹介を見てびっくり。
『メッセージ(原題: Arrival)』という映画です。すごい面白くて、言葉ってこんな力を持ってるんだって感じて新鮮でした。興味があればぜひ観て欲しい。


そのほかにも、「商人と錬金術師の門」、「予期される未来」、「不安は自由のめまい」は並行世界や過去と未来をつなぐなど時空を飛び越える話でした。飛び越えた先から得たものをどう処理するかの話。

商人と錬金術師の門

 未来と過去に行くことのできる門。過去に起こったことは変えられないし門の向こう側で見た未来を変えることもできない。この話の中で未来の自分に会いに行ってアドバイスをもらうシーンがあるんですが、その未来の自分もそのまた未来の自分から助言をもらってるんです。結局アドバイスの内容はどこからやってきたものなのか。
これって、映画ドラえもんの大魔境を昔読んだ時も思ったことです。最後未来の自分が助けに来て、その代わり自分も過去に行って自分を助ける。この元はどこなんだろうって。
でもまあ、結局はよくわかんないですね。別にいいか、と思えるからいいとします。

予期される未来

 ここでは、未来は絶対だと知ることで全てに意味がないと感じてしまう人が続出する。別に未来が変えられないと分かったところで具体的な内容はわからないから自分がどういう行動を起こすかに直接的な影響はないはずなのに、そうなってしまった人たちに聞くと、「今は知っている」から違うと。
なんか、流行りの呪術廻戦に出てくる五条先生?もそういう術使ってなかったかな。情報を大量に脳に送って全知状態にして脳を停止させるみたいな。さらっとしか読んでないから忘れました。
たしかに、未来が変えられないとわかってしまったら色んなことに意味がなくなると思ってしまうのも理解はできます。
でもやっぱり楽しい方がいいから、そうなったとしても楽しいことのために行動していたいと思います。そんな状況におかれたことないけど。

不安は自由のめまい

 並行世界を知ることができたらどうなるのか。しかも、並行世界の自分とコミュニケーションをとれるとしたら。
自分があの時こうしていれば、ああしていなければ、と思うことはよくあると思いますが、「不安は自由のめまい」は、その結果を実際に知ることができる世界。
結果を知って今この自分がより良くなれるのか、正直に言うと結構疑わしいですが…私はすぐ嫉妬するので。同じように自分より幸せそうな並行世界の自分に嫉妬し、今の自分と比べて並行世界に近づけようと依存症のようなものになった人が出てきます。

 全体を通してみると、知ることと同じくらい、知らないということも重要なんだと感じました。どこに境界線があるのかはわからないし、もしかしたらないのかもしれない。知っていればよかったと思うことも知らなければよかったと思うことも同じくらいある。全てはランダムで、どちらが良い悪いの話じゃないのかも。まあ、結局は自分が決めることです。
 なかなか難しい内容なだけに今回は色々考えてしまいました。文字にするともっと出てくるからなおさら。
こういうのは珍しくて、普段は娯楽としてその一瞬だけを楽しんで本を読んでいます。なのでわりとすぐ内容を忘れます。
とにかく、面白かったです。途中いかにもそれっぽい専門用語とか出てきて流し読みっぽくなったところもあったけど。
表題作の「息吹」はそこまで惹かれなかったかなー。でも賞もとってるし、きっと面白いと思う人は多いと思います。
とりあえず、すすめてくれた友達にも感想を伝えたい。

ちなみに、並行世界といえばちょっと前に読んだ「なめらかな世界と、その敵」も面白かったのでぜひ。こっちはもっと身近な感じの物語になっています。

なめらかな世界と、その敵

なめらかな世界と、その敵