『蒲生邸事件』 宮部みゆき
2023/04/08
蒲生邸事件
宮部みゆき
分類: 913
まず表紙見てちょっと笑ってしまった。
なんか抜けてるっていうか…この昔の絵の感じといいこの女の人の表情といい…ちょっと面白くないですか?
それはさておき。
物語の始まりは1995年。今(2023年)よりだいぶ昔ですが、この作品のメイン舞台はそれよりずっと昔々、戦前です。
尾崎孝史は高校3年生。群馬から東京に来て大学を受験しましたが、残念ながら不合格。
親の期待もあり、一年間東京の予備校に通って浪人生となることを決めました。
その予備校に入るための試験がまずあって、そのために受験の時にも泊まったホテルに来ていました。
そこから、この話は始まります。
不幸なことに深夜にホテルで火災が起きます。
逃げ場もなく、行き場を失った孝史は突然、ホテルの宿泊客であった男に助けられます。
その男、平田に火事の中連れて行かれたのが、1936年。
平田は時間旅行の能力を持っていました。
ホテルがあった場所には当時、蒲生大将という退役した陸軍大将の人のお屋敷がありました。
平田はもともとこの時代に来るつもりでいて、そのお屋敷で使用人としてこれから働くところでした。
混乱する中で、孝史は蒲生邸の使用人の女性「ふき」と出逢います。
そして、怪我を負っていた孝史は、こっそりそのお屋敷の中の使用人部屋に匿わせてもらうこととなりました。
その後、もう一度元の時代に戻ろうとしますが、失敗して平田は意識不明となってしまいます。
時間旅行には色々と制約があり、何より身体に負担がかかるものだったんです。
孝史は平田が回復するまでの間、数年後に空襲によって死んでしまう「ふき」を助けるため、使用人として手伝いをすることに決めました。
屋敷にいるのは、平田と孝史を除いて、7人。
使用人の「ふき」と「ちえ」。
屋敷の主人であり、脳卒中によって体がやや不自由になってしまった蒲生大将。
大将の息子の貴之と、娘の珠子。
大将の後妻、鞠江と、鞠江と何やら怪しい関係にある大将の弟の嘉隆。
そして事件が起きます。ミステリーなので。
そもそも孝史がタイムトリップしたこの日は、二・二六事件の日でした。
皇道派の青年将校たちが決起し統制派の要人を襲った事件。
歴史上では、蒲生大将はその日、その事件の行く末に絶望して自決することになっていました。
実際に、その日大将は亡くなります。
しかし不可解なことがひとつ。
銃が見つからなかったのです。
孝史は自殺に不信感を持って、事件を調べ始めます。
途中まで色々謎の多い物語でした。
平田はなんでこの時代にタイムトリップしたのか。
そもそもいつの時代に生まれた人間なのか。
どうしてわざわざ孝史を助けたのか。
そしてお屋敷と関わりのあるらしい、黒井さんとは誰なのか。どこに行ったのか。
なんで大将は自殺したのか…そもそも自殺なのか。どうして銃がないのか。
などなど。
そしてすごい思ったのが…孝史が、「ブレイブ・ストーリー」の主人公、ワタルにそっくりだってこと。
心情描写も似てるし、謎の自信でひとりで頑張ろうとして空回りするこの感じ…ワタルじゃん!笑
匿われてるくせに部屋を抜け出してあちこち行くのとか、自分に正義があると思ったらちょっと偉そうなところとか、もう、読んでてハラハラしました。
あと、最後に短期間で大人に成長する感じ。そこも似てる。
まあ同じ作者さんなので、自然な流れなんですが。
タイムトリップの「業」みたいなものは、確かになんか、考えさせられるものがありました。
もうじき戦争で死んでしまうだろう人たちを前にした時に、孝史が何を考えたのか。
自分は安全な場所にいて、自分の未来は分からないけど、目の前にいる人たちの未来はほとんど決まっている。
面識もないし関わりもない人たちなのに孝史が泣きたくなる気持ちが、少しわかるような気がしました。
ファンタジーのようなミステリーのような…面白かったです。
『人間たちの話』 柞刈湯葉
2022/08/19
人間たちの話
柞刈湯葉
分類: 913
SFの短編集。
ちなみに作者さんの苗字は「いすかり」って読むらしい。
そして内容は…めちゃくちゃ面白かったです。
シュールで一見すると温度感がないSFの感じが最近楽しくなってきた……
どれも面白かったんですが、「たのしい超監視社会」は、やっぱり元ネタが分かるので楽しかった。
これはどっからどうみても「1984年」のパロディ?というのかはわからないんですが、同じ世界観の中での話。
「1984年」では、オセアニア、イースタシア、ユーラシアの3つの勢力で戦争をしていて、その中のオセアニアが舞台。
それに対してこの話では、イースタシアが舞台になってます。
たしかにイースタシアではこんな感じだったのかも…とか考えるとなんだか不思議な感じです。
三分間ヘイティングとか、電幕とか…いや、オセアニアと対して変わらんやん、とちょっと思いました笑
そんな世界で生きる、主人公・薄井たちの世代は、すっかりその状況に適応していて、うまく電幕をあしらう方法だとか、盗聴に引っかからないよう言葉の区切りを変えて話す方法だとかをネイティブとして身につけています。
世界が変わればそれに適応していくもんですね、やっぱり。
そして「自由」の概念も変わっていきます。
薄井たちにとっての「自由」は、昔の人、現代にとっての「自由」と違うから、不自由さに気づかない。
気づかないというか、不自由ではないのかな。
人間は適応する、ということをとても痛感しました。
それはこの話だけじゃなく全体を通して思ったことでもあるんですが……
あと面白かったのが、「宇宙ラーメン重油味」。
宇宙でラーメン屋をやる人間の話です。
スープに重油とか…スケールが違いすぎて新感覚な話でした。
舌触りのいい油とはいったい……
そういえばこの作者さん、「横浜駅SF」の人だったようです。
そっちも面白いので是非!
映画『容疑者xの献身』(2008)
『マスカレード・ホテル』 東野圭吾
2022/07/22
マスカレード・ホテル
東野圭吾
分類: 913
山岸尚美は高級ホテルのフロントマン。
ある日突然、警察がホテル内で潜入捜査を行うことになり、尚美はフロントマンとして潜入した新田浩介という刑事の教育係を任されます。
警察は詳しい事件の内容は教えてくれませんが、どうやら連続殺人と関わりがあるようで……
さすが東野圭吾さんって感じでした。ちゃんとミステリーで面白い。
それに何より、ホテルに訪れる様々なお客さんのそれぞれのキャラが個性的で、読んでいて楽しかったです。
尚美のホテルマンとしての姿勢も、新田の刑事としての姿勢も、どちらも芯があって誠実で、このコンビ、ガリレオコンビの次に好きかもしれない……
最終的な犯人の目的が分かったときは結構驚きでした。
あーそっちか!みたいな笑
ストーリーもわかりやすくてミステリー要素も満載でキャラも面白くて、みんな楽しめる本だと思います。
それにこれ、続編出てるんですよね。
警察がホテルに潜入捜査なんて、しかも同じホテルに、二度も通用するとは思えないけど……
どういう感じになっているのか気になるので、近々読んでみたいと思います。
『ハッピーリフォーム』 未上夕二
2022/05/13
ハッピーリフォーム
未上夕二
分類: 913
木之本工務店で働く、建築士のさくらの話。
もともとさくらの父親も設計士で、さくらは父親が亡くなったあと家の借金を返すため高校を卒業してすぐに働き始めました。
さまざまなリフォームの相談がもちかけられてきて、それに対してさくらは「みんなで幸せになりましょう」とプランを提案します。
途中、弟が借金をしてこっそりバイトをしていたり、父親が亡くなってから精神的に不安定になっていた母が家出したり、父親に借金を負わせた人物を突き止めたりと……それなりにドラマはあります。
どの相談も最後はめでたしめでたし、という感じで綺麗に収まっていました。
ただ…基本的には、小学生とかが読むようなお仕事の紹介漫画の延長みたいなものかな、と感じました。
小説としては今ひとつ物足りなかったというか……
あとは個人的に、さくらの言うことが綺麗事ばかりに聞こえて、フィクションとはいっても少しうさんくさい感じがしたのでなんとなく好きになれなかったです。
たぶん私がひねくれてるからそう思うだけなんですけど笑
警察とか医師とかは、それをテーマにした小説が色々ありますよね。刑事物とか医療小説とか。
ただ建築士をテーマにしたのはあんまり見ないから、余計に違和感があったのかもしれません。
そういえば前に同じように建築士が主人公の「ノースライト」を読みましたが、なんだかあれもしっくり来なかったです。
建築士という仕事自体は、私にとって結構身近なものではあるんですが……相性の問題?
余談ですが、最初にこの本を見た時、作者の方の名前を完全に読み間違えていました。
「夕二」って書くから、「たに」と読むんだと思ってたんです。
それがまさかの「ゆうじ」!!
でも言われてみれば確かにそうだ!
普通にカタカナとして読んでました……同じ勘違いをした人、必ずいると思います!!
『まだ温かい鍋を抱いておやすみ』 彩瀬まる
2022/05/05
まだ温かい鍋を抱いておやすみ
彩瀬まる
分類: 913
食べ物が関わる、やさしい話の短編集。
女性の話が多かったかな…結婚とか家庭とか、ライフスタイルの変化とか。
「たべること」ってすごいな、って思いました。
元気が出るし、生きていけるし…肉体的にも精神的にも、自分の根本に強く影響するんだなと。
印象に残ったのは「かなしい食べ物」。
あるカップルが主人公なんですが…
最初、すごくふわふわしてて、優しくて、愛しいという言葉がぴったりな感じの日々が語られます。
こんなにも幸せな日々を送っているのに、タイトルが「かなしい」だから、この幸せが壊れてしまうんじゃないかと思ってめちゃくちゃ怖くなってしまい、ハラハラしながら読んでました。
最終的には笑って終われる結末だったのでほんとによかった。
他にも、子どもを亡くして傷ついた友人を半分拉致?して毎日ご飯を食べさせたり、自分の「中」に鳥を飼っている鶏肉を食べない不思議な女性が出てきたりと…
どれもなんだか笑えて、癒される話でした。
『希望が死んだ夜に』 天祢涼
2022/04/27
希望が死んだ夜に
天祢涼
分類: 913
ずいぶんなタイトルだなーと思って手に取りましたが……最後にはタイトルの意味を痛感しました。
14歳の女子中学生が同じクラスの女子を殺害した事件からはじまります。
逮捕されたのは冬野ネガ。
そして殺害されたのは春日井のぞみ。
ネガは殺害を認めたものの事件の詳細については語らず、黙秘し続けます。
彼女が送検される前に事件の真相を突き止めるため、県警の刑事・真壁は生活安全課の仲田とともに捜査をすることになりました。
結果的に、クラス内ではほとんど何の接点もなさそうに見えていたふたりは、「貧困」という共通点でつながっていたことが分かります。
ふたりの生活環境はもちろん悪いんですが、それ以上にふたりの考えや精神的状況が、読んでいてとても辛かったです。
ネガの母親は体調不良を理由に仕事を休みがちで、のぞみの父親は母が病気で亡くなってからうつ病となり、こちらもまともに仕事ができない状態になっています。
それでも、ふたりの親は社会的な目を恐れて生活保護の申請にまでは踏み切れません。
まあ、ネガの母親はネガが学校に隠れてバイトをして得た収入を喜んで使ってしまう人なので、真剣に考えたことはないんじゃないかと思いますが……
「生活保護」や「貧困」に対するスティグマ、社会の無理解。
このへんも貧困問題では相当重要な要素だと思います。
あと衝撃だったのが、ふたりの担任の先生の言葉。
ネガの生活環境がそれなりに悪いと察してはいると思うんですが、ネガに対して先生は、「アフリカの子どもと比べたら恵まれている」と言ってしまいます。
そしてネガも素直で純粋だからそれをそのまま真に受ける。
貧困というのは社会的な問題で、社会の仕組みに根本的な原因があって、親が悪いとか大人が悪いとかいう問題ではないと少しは分かっているつもりですが、こういうのを見ると、なんだかなあ、と思ってしまいます。
これでは「大人」が敵になるのは当たり前なんじゃないでしょうか。
そして最後には事件の真相が明かされます。
のぞみはなぜ死んだのか。
仲間として、深くつながっていたのぞみを、ネガはどうして殺したのか。
あの日何があって、のぞみは何を思ったのか。
「希望が死んだ夜に」、ふたりは何を選んだのか。
社会派小説でもあるし、ミステリーとしても読める一冊でした。