あおい本棚

主に本、たまに漫画や映画の感想です

『短編宇宙』

2021/06/24

短編宇宙
加納朋子川端裕人・寺地はるな・西島伝法・深緑野分・宮澤伊織・雪舟えま
分類: 913


宇宙にまつわる短編が7つ収められています。初版が今年というだけあって、なんとコロナ関連のエピソードまで。
一番好きだったのは、一番最後の川端さんによる『小さな家と生きものの木』。


コロナ禍でステイホーム中の天文学者が、幼い娘と毎日家で過ごしながら研究を続けるという話です。とはいえ実際に観測所に行くわけでもなく、予定していた観測もキャンセルとなり、彼はモチベーションを失いかけていました。
奥さんは看護師としてコロナと闘っていて、周りの人と比べて自分がなんの役にもたたない研究をしていると思い始めていたんです。
でも、彼が娘のひなたちゃんと自分の研究内容である、有機物質などの生物の「もと」の宇宙における化学進化について対話を続けるうちに宇宙の魅力を再認識し、やる気を取り戻していきました。

最初は書き方がなんとなくくどいなあと思ってたんですが、最後までのつながりが素敵で、とても面白かったです。
雨上がりの「回る地球」に乗って、宇宙や、生きものの起源、その果てまでをひなたちゃんと二人で想像するところなんかがすごく好きです。うまく言えないけど嬉しい気持ちになりました。

純粋数学天文学などは、たしかに生きるためにはそこまで優先度が高いものではないかもしれません。なくたって日常は続けられるし、それに莫大なお金をかけることに不満を持つ人も少なくないと思います。

でも、今現在そしてこれから数年以内に役立つ日が来ないとしても、それがいつ来るかは誰にもわからないし、役に立たないとしても少なくともその研究をしてる人にとってはとても大切なことなんです。
だから、私は、役に立たないものに価値がないとは思えないし、それを否定しちゃだめなんじゃないかと思います。

それにやっぱり、夢があるというのは重要です。
みんながみんな予測可能な実利のために動いてるんじゃつまらないし、誰か一部くらいはとにかく面白いことを貫いてないと面白くない。
面白いことも真面目なこともバランスよく存在するのが一番快適なんじゃないかと思います。

なんて長々と書いてしまいましたが、ほっこりする良い話でした。



その他にも、石垣島にある目的のために旅行する親子の話とか、
自分のことを異星人と思っていた万寿子の話(『惑星マスコ』)…これも面白かったです。
仕事を辞めて姉のもとに居候している主人公万寿子は、そこで万寿子のことを宇宙人と呼ぶ少女と、少女の隣に住むこれまた少女が宇宙人と呼ぶ男性に出逢います。この不思議なふたりと、万寿子が関わるようになるお話。なんだか面白くて笑ってしまう話でした。


あとは惑星が主人公の話『惑い星』、土塊が天に昇っていく現象が当たり前な世界でその謎を追う『空へ昇る』とか、同級生に恋するある高校生とパラレルワールドの話『アンテュルディエン?』、人間の創造者を殺す契約を交わした殺し屋が宇宙を駆け回る『キリング・ベクトル』。

どれも不思議で、壮大なようで身近なような、面白い話でした。