あおい本棚

主に本、たまに漫画や映画の感想です

『絶唱』 湊かなえ

2021/06/20


絶唱
湊かなえ
分類: 913

トンガ王国を訪れた四人の日本人にまつわるそれぞれの話です。
若干、ネタバレ含みます。

ちなみにトンガ王国というのは、太平洋にある島国…というか、172の島からなる国だそうです。地図で見てみたらほんとにだだっ広い海に小さい粒がちょっと散らばった感じになっていて、これが全部同じ国に分類されるのか…と思ってしまいました。
日付変更線がもうすぐそこで、なんと日本より4時間早いそうです。日付変更線を挟んだ隣の国とは、同じような場所にいるのに1日違うってことですね。時間って面白い。


この本は4つの話からなっていて、それぞれひとりずつ語り手がいます。
「楽園」を求めて唐突にトンガにやってきた大学生、マリエ。
国際ボランティア隊としてトンガに来て、そこである「約束」を破ろうとしている理恵子。
かつて「太陽」だった人の故郷であるトンガに、一人娘と共に勢いでやってきた杏子。
最後は…トンガでゲストハウスを営む尚美さんに向けた、「千晴」からの手紙。

トンガだけでなくて、この四人のもうひとつの大きな共通点、というかこっちが本筋なんだろうけど…それは、阪神淡路大震災です。
よくよくみたら初版の発行日は2015年1月17日。震災からちょうど20年たった日。そういえば、私が駅中の本屋でこの本の宣伝を見たのも冬だった気がする。
最後の「千晴」の手紙は、作者の湊かなえさんからの手紙のようでした。やっぱりこれは本当なのかな…実話というか、本当に手紙でした。


素直に印象に残って好きだと思ったのは最初の「楽園」。
震災の時からずっとずっと「自分」を文字通りに殺されていたマリエがどういう思いを今まで抱えていたのか…だいぶ壮絶だろうなあ、と思います。
マリエが恋人の裕太に言った、
『わたし。偽名じゃない、本当の名前』
ってところが妙に印象に残りました。
マリエはとんでもないことを抱えていたわりにはなんだかさっぱりしてるし、裕太はいいやつだし、面白くてちょっと笑っちゃうようなところもあって、好きな話でした。

ちなみにこの話の中でマリエと杏子だけは同時期にトンガに来ていて、関わりもあります。
杏子はマリエの話の時はなんだこいつ、って感じだったけど、杏子の話になると、悪いやつじゃないじゃん、と思っちゃうんですよ。


「約束」は、マリエがトンガに来るきっかけにもなった、マリエの家庭科の先生でもある松本先生の話。
これもまたドロドロしてるというか、人間の欲望とかエゴとか、そういうのを突きつけられてしまう話でした。


最後の「絶唱」は、これまでの三つの話の中すべてに登場した、ゲストハウスのオーナー尚美さんに向けた手紙。
トンガを訪れた時に尚美さんと出逢った「千晴」が、震災の時から抱えていた話を尚美さんに打ち明けます。
これは私の言葉ではまったく表せないような気がするので…その内容は省きます。

私自身は阪神淡路大震災とは直接的な関わりは何もなく、気づいた時には過去の出来事って感じだったんですが…だからこそ、震災と一番関係の薄そうな「楽園」が一番面白かったのかもしれません。
東日本大震災はそれなりに大きくなってからだったのでちゃんと記憶もあるけど、ほとんど自分の被害はありませんでした。
これまで少しは話を聞いてきましたが、災害がひとに与える影響を、自分は本当に何も知らないんだなと気づいた本でもありました。