あおい本棚

主に本、たまに漫画や映画の感想です

『半分世界』 石川宗生

2021/09/23

半分世界
石川宗生
分類: 913


すごいSF。
こっちの困惑を無視してどんどん不思議な世界が進んでいきます。


吉田同名
四つのSFの短編があって、まず最初が「吉田同名」。
ごく普通のサラリーマンの吉田さんが、ある日ある夜、突然19329人に増殖してしまいます。
桁を間違ってるわけじゃなく、本当に、19329人です。
妻と子どもの待つ家へ帰る途中、駅から家までの間で吉田さんは19329人に増え、家へと押し寄せ、入りきれなかった吉田さんは街に溢れることになります。
吉田さんは国によってたくさんの収容施設へ振り分けられ生活することになるんですが……そこでの生活でもまた面白く展開していきます。

とにかく突拍子もなくて面白いです。こんな面白いことが現実に起こったらどうなるんだろう、っていうのを想像して書いてみたという感じ。
でも吉田さんと奥さんと子どもは気の毒だなあ……突然家族と同じ顔した人、というか本人が2万人くらいに増えてみんなから同じこと言われて迫られたらもう頭おかしくなると思います。


半分世界
次は「半分世界」。これが一番好きだったかもしれない。
こちらも、なんの変哲もないある家が、文字通り「半分」になってしまいます。
私の想像ですが、シルバニアファミリーの家みたいな感じかな…物理的に家は半分になって、通りからは中の様子が丸見え。
ただ当の住民である藤原家は動じることもなくそこで生活をしていきます。
そして半分になった藤原家を向いのアパートから観察する、通称「フジワラー」なる人たちが現れます。

藤原家は夫婦ふたりに息子と娘ひとりずつ。
面白いのは、本当に物理的に半分になっていて、見えないバリアがあるわけでもないので、雨が降ったら中に入ってくるし、入ろうと思えば家の中に玄関を通さずとも入れる、という妙にリアルなところ。
台風が来た時頑張って家をビニールとかで守るとこがめちゃくちゃ面白かったです。

藤原家は家が半分になっていることも、それを外から見られていることもおそらく分かってはいるけど、それを特に気にする感じでもないんですよね。ただ、娘の方は部屋の外との境目にカーテンを引いています。
話は主にフジワラーによる藤原家の観察記録みたいに進んでいって、最後にフジワラーは家の中に忍び込むという冒険をします。
そしてそこで思いがけないものを見つけてしまう…

これもまた突拍子もない話でした。
この状況を想像するとシュールすぎて笑っちゃうけど、実際自分の家がこんなことになったらとりあえずもう住めないと思うな…藤原家の人たちはすごい。
っていうか、半分もなくなったら丸ごと無くなった部屋とか場所とかあると思うんですが…部屋が半分じゃ困る場所だってあるし…そこはどうしたんでしょうか…?


白黒ダービー小史
三つ目は「白黒ダービー少史」。街全体がフィールドとなって黒白に分かれ、フットボール?のようなものを繰り広げる街の話でした。

選手は街全体に散らばっていて、街の両端にブラックスとホワイツのそれぞれホームスタジアムがあります。
でもそのスタジアムにボールが入ることはほとんどなく、たいてい街のどこかでボールの奪い合いが行われています。
街の住民もサポーターとして黒白に分かれていて、ブラックスとホワイツの間では仲良くすることもできません。
こんな不思議な状況が、なんと三百年ものあいだ続いているというから驚きです。
街ぜんぶでスポーツって……四六時中試合してるってことですよね…慣れるもんなのかな。

レオナルドはブラックスの選手として街の外からやってきたスター選手。しかし、とあるきっかけからホワイツの選手であるマーガレットと恋に落ちてしまいます。
密会を続けながらも敵として対峙するふたりの話。
最後はなんというか……もうほんとに、この街はダービーに取り憑かれてるんだなあと思いました。

バス停夜想曲、あるいはロッタリー999
何もない砂漠のどまんなかにあるバス停。
ここには日々いろいろなバスがやってきます。しかもその種類がとんでもなく多い。
乗り換えようと思ってここで降りた人は、目的地に行くバスを何日、場合によっては何年も待ち続けることになります。
そんなバス停で起きる様々な出来事や事件。
最後にふさわしいというか、落ち着いた感じで、ふわっと終わる話でした。


SFって、設定の作り込みがすごいから文章が固くなりすぎたりしてちょっと読みづらいものも多いと思います。
純文学に近くて心情描写とか少ないから、機械的な感じになったり。
そういう世界設定の綿密さこそがSFの醍醐味でもあるんですが……
でもこの本は、そういうSFの特徴と読みやすさのちょうどいいバランスを取ってる感じがしました。
いい感じにぶっとんでて、いいくらいに読みやすい。
誰にでもおすすめな一冊です。