あおい本棚

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『ことり』 小川洋子

2021/05/17

ことり (朝日文庫)

ことり (朝日文庫)

  • 作者:小川洋子
  • 発売日: 2016/01/07
  • メディア: ペーパーバック


ことり
小川洋子
分類: 913


「小鳥の伯父さん」と呼ばれる、ある男の人のお話です。彼と小鳥に関わる半生と、その最期まで。

小鳥に関わるはじめのきっかけは、伯父さんの「お兄さん」でした。両親が亡くなってからは伯父さんはお兄さんとふたりで暮らしていたんですが、お兄さんにはひとつ不思議な能力があって、それは「ポーポー語」を喋れることでした。

子どもの頃、ある時を境にお兄さんは独自に編み出したポーポー語で話すようになり、まわりの大人たちは理解できずに困惑しました。そんな中で唯一それをちゃんと理解できるのが伯父さんでした。ポーポー語は小鳥のさえずりのように綺麗だったようです。

両親が亡くなってから始まった二人暮らし。伯父さんは企業の持つゲストハウスの管理人として仕事をして、お兄さんはそんな伯父さんを家で待ちつつ小鳥の相手をする日々でした。

その後お兄さんは亡くなって、伯父さんはやがてお兄さんのお気に入りでよく眺めに行った幼稚園の小鳥小屋の掃除を引き受けることになりました。
そこから、園児たちに小鳥の伯父さんと呼ばれるようになったのです。


これといった何か事件があってそれを乗り越えるというストーリーではないんですが、伯父さんが小鳥小屋の掃除をして、図書館で小鳥に関わる本を片っぱしから読んでいく日々やそこでの出会い、お兄さんとの思い出などなど、素朴な話がいろいろと詰め込まれています。
雨の日に読むのがいい気がします。あ、でも雨の日は小鳥の声もあんまり聞こえないですね。じゃあ曇りの日かな…。

不思議なもので、この本を読んでから、というか特に読んでいる間はすごく外の小鳥の声が耳に入ってきました。スズメくらいしか鳴き声がわからないですが、他の小鳥の声もとても綺麗でした。この本のおかげでこれから楽しみがひとつ増えたことになります。

おそらく伯父さんのお兄さんは自閉スペクトラムだったんじゃないかと思います…独特の世界観とか対人関係とか、こだわりが強いところ、習慣や繰り返しをとても重要視するところなどが特徴的でした。まあこんな分析をするのは野暮かもしれないですけど。
でもお兄さんのみる世界ではきっと小鳥が特別な輝きを持っていて、小鳥のことがいろいろ分かるんだろうなと思うと羨ましいです。

お兄さんと伯父さんがたまにやる、エア旅行もなかなか面白かったです。計画もばっちり立てて、準備もして、荷物をカバンに詰めて…この荷物をカバンに効率よく綺麗に詰めるのはお兄さんの仕事でした。で、カバンが閉じたところで旅行は終わります。また荷解きをして元に戻す。実際には行かないけど、こういう空想旅行もそれはそれで楽しそうです。今の、自由にあちこちいけない状況なら尚更。
小学校の時とか、地図帳で行きたいところまで行くルートをたくさん考えるのとか大好きでした。九州の奥の秘境みたいなところに行こうとして、電車が通ってなさすぎて山道を車で行く想像したり…県内の有名なところを回ったり。これのもっと本格的なバージョンがこのエア旅行ですね。


タイトルが小鳥じゃなくて「ことり」なのは、途中で語られる「ことり」事件があるからなのか、その響きを特徴づけたかったのか、それとも特に何の考えもなかったのか……ありそうなのは二番目かな。
静かで淡々としていて、でも小鳥を介したすごく豊かな話でした。面白かったです。