あおい本棚

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『鬼の跫音』 道尾秀介

2021/05/06

鬼の跫音 (角川文庫)

鬼の跫音 (角川文庫)

鬼の跫音 (おにのあしおと)
道尾秀介
分類: 913


なんだかぞっとする短編が6つ入った短編集です。
主人公ともうひとり、鍵となる人物が、いつもSという仮名になってるところだけ共通してます。

うまく言えないけど、夏の怪談みたいな話でした。あっついけど、背筋が凍るというか、ヒヤリとする。お化け屋敷みたいな怖い空間にいるんじゃなくて、なんでもない普通の場所で怖いものをみちゃう感じです。

はじめの「鈴虫」も面白かったんですが、一番衝撃的だったのは二番目の「犭(ケモノ)」。
ひょんなことから主人公は、家にあった椅子の足の断面に何かメッセージが彫り込まれていることを知ります。それは刑務所で作られた作品で、そこに彫られていた名前から主人公はその人物について調べSを突き止めました。
成績が良くないことで妹を含む家族全員に蔑まれ、家に居場所がなかった主人公は、衝動的にそのSの地元へとメッセージの彫られた椅子の足を持って出発しました。

Sは祖母と実父、そして実父と再婚した継母を惨殺したことで無期懲役の刑になっていました。ただその後刑務所内で自殺。
Sの実家へとやってきた主人公は、生き残っていた妹が脳に障害を抱えまともに話すことが出来ず誰にもまともに取り合ってもらえないことに不満を感じました。そして事件の第一発見者と思われる男のもとを訪れます。
そこで、事件に隠された真実について知ることになるのです。
なぜ殺したのか。殺された家族とSにはどう言う関係があったのか。
なぜ妹だけは殺すことができなかったのか。

そこで明かされる真実も衝撃的なんですが、最後の最後にそれが主人公自身とつながります。
それがもう…なんというか、「どうしようもない」。主人公が使っていたセリフです。
読んだあと、えーってなってしばらく何もできませんでした。
でもこういう感じ、嫌いじゃないんですよね。だから好きです、この話。

やたら主人公が運命だとかなんとか言って謎の解明に躍起になっていたのも、読んでいるときは痛いくらいだったけど、終わってみるとそういうことかと腑に落ちました。


他にも、いろんなものを吸い取ってしまうキャンバスをもつ女性が出てくる「悪意の顔」とか、過去に女性を殺して埋めた場所を大人になってから訪れる「よいぎつね」などなど、どれも話は曖昧だけどそのせいで余計怖くなるような話ばかりでした。

「冬の鬼」は、ある意味いちばん怖かったですが、具体的に話の内容についてはわからないことばかりでした。だから怖かったっていうのもありますが…また日をおいて、もう一度読んでみようかと思います。

ちなみにこの作者の人の本は二冊目です。最初に読んだのは、「向日葵の咲かない夏」。
今考えると、もうちょっとちゃんと考えて読めばよかったと思います……「咲かない」んだから。夏のちょっとした冒険的な感じかなとか思ってました。全然違いました。
そのギャップもあいまって、「向日葵の咲かない夏」は今まで読んだ中で一番重い本となってます。でも引きずり込まれて、本から簡単に離れられなくなっちゃうんですよね。
今回は短編でしたが、同じ引力を感じました。
あれはもう一回読みたいような、読みたくないような本です…でも今読んだら、あの時よりずっと軽く読めるようになっているかもしれないですね。

それと今回の「鬼の跫音」の、単行本の表紙もすごくよかったです。下田ひかりさんという方の「聞こえますか」という作品なんですが、鬼の跫音というタイトルにぴったりなネーミングで、イラストでした。これがこの本の不気味さをより一層感じさせるものになっていると思います。
読もうと思って本を手に取った時に、ちょっと「うわっ」ってなったので。これは絶対不気味なやつだと思いました。